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千葉聡による剽窃の疑いについて
あるいは父島固有のカタツムリを
絶滅させた男の迷走

 目次

害虫防除に失敗して父島固有のカタツムリを絶滅させた千葉聡

 進化生態学者・千葉聡による剽窃の疑いについて指摘するわけだが、千葉の場合、剽窃以前にまず書いておくべきことがある。というのは、千葉はいわゆる害虫防除に失敗し、小笠原諸島の一つ父島に生息する固有カタツムリを絶滅させた男であるということである。そしてもう一つ、千葉は単にその固有カタツムリを絶滅させただけではなく、その後小笠原諸島の固有カタツムリとその絶滅について何度も本の中に書く機会があったにもかかわらず、その原因が千葉自身の失策であることを隠し続けていた人間であるということである。 

小笠原諸島の一つ父島

 絶滅が確定してから9年も経ってから千葉が書いたその著書『招かれた天敵 生物多様性が生んだ夢と罠』によれば、90年代には小笠原諸島の一つである父島に、外から移入したプラナリアの一種ニューギニアヤリガタリクウズムシが生息していることが確認され、島固有のカタツムリであるカタマイマイを食べ始めたという

 昆虫学者の大河内勇や大林隆司がその研究をはじめ、このままでは父島のカタマイマイ類は絶滅するだろうと予測して防除対策の検討がはじまったという。大河内は自然下での絶滅も視野に入れ、人工繁殖させる必要もあると考えた。そこで大河内と大林は貝類学者だった千葉に繁殖技術の開発を求めたという。

 だが千葉はそれに賛同しなかった。カタマイマイ類の保全価値は独自の進化を遂げてきたその歴史にあること、人工繁殖を成功させるためには自然下から多くの個体を捕獲しなければならず、そうなれば野生個体の絶滅を早める可能性を考慮したからだという。

 私は、ニューギニアヤリガタリクウズムシがそこまで深刻なものだとはとらえていなかった。世界最凶と恐れられたヤマヒタチオビは、小笠原では在来種のカタツムリにほとんど害を与えていない。小笠原の種類は繁殖力が強いのか、またはグアムのような熱帯と違い、温度の低い小笠原ではそこまで被害は拡大しないのではないだろうか。

千葉聡『招かれた天敵 生物多様性が生んだ夢と罠』より

 「ウズムシ防除に成功する見込みがあるのに、人工繁殖の準備を始めるのは、一種の敗北主義であり、ウズムシ防除に努力を集中させる妨げになる」「飼育法の研究と繁殖事業のために、無駄な経費や時間、人手をかけることになる」「人工繁殖を目的とした捕獲による野生絶滅のリスクを無視できない」という私の主張に対し、大河内はこう反論した。
 「速やかに駆除手法を確立し、ウズムシの駆除を成功させる―これが最善であり、第一の目標とすべきだが、想定通りに作業が進まず、失敗する可能性もある。そこで防衛ラインを構築してウズムシの分布拡大を抑える。これが機能すれば、仮に駆除が失敗しても、手法を改善して将来駆除に成功するまで時間稼ぎができる。これでうまく行けばよいが、不運にも防衛ラインの構築が間に合わない、あるいは構築した防衛ラインが突破されるかもしれない。その場合、父島のカタマイマイは全滅する可能性がある。万一防衛対策がすべて失敗した場合にどうするか。確率は低くとも想定される最悪の事態に対する備えを今の段階からしておかねばならない」
 勝つか負けるか、という二項対立は良くない。失敗したらすべてを失うのではなく、失敗しても未来に可能性が残るようにしておくべきだ、というのである。

千葉聡『招かれた天敵 生物多様性が生んだ夢と罠』より

 その後環境省によりニューギニアヤリガタリクウズムシ防除は事業化され、千葉も大河内らとこの研究や事業に関わったという。
 そして次第に、このニューギニアヤリガタリクウズムシはカタツムリ以外の生物も食べること、日中は土の中にいるため効果的に各種薬品などで殺せないことなど当初千葉が考えていたよりはるかに手強いことがわかってきたという。

 人工的に不妊化したウズムシを作り出して放すことも検討されたが、それに必要な設備やコストを考慮すると現実的ではなかったという。
 そして結局、残ったカタマイマイを守るために「防護壁」を築くという極めて物理的な方法しか実行できなかったという。

 当初人工繁殖に否定的だった千葉も結局それに取り組まなければならなかった。千葉はカタマイマイの生態は十分に解明されているため繁殖させるのも難しくないだろうと考えていたという。だが実際に飼育してみるとなかなか卵を産まなかった。そこで動物の飼育が趣味だという大学院生だった森英章に任せると卵を産んでくれたという。そしてカタマイマイの繁殖技術は森によってマニュアル化され、さらに住民の協力と理解が欠かせないと考えた森の努力によって現在ではカタマイマイの繁殖は島民の手によって行われているという。

 登ってきたウズムシに電気を通して焼き殺す防護壁が、千葉の提案に沿う形で島内に一次から最終まで4つのラインで設置されたという。防護壁は台風にも耐えられる設計で、ソーラーパネルも設置されその電力が利用されていた。
 だが工事の遅れなど様々な理由で防衛ラインは次々とウズムシに越えられたという。

そして二〇一四年、ウズムシは、島の南端と南東端にある半島部を除き、父島のほぼ全域を占拠し、そこに棲んでいたカタマイマイ類をすべて死滅させた。東部に分布していたカタマイマイとキノボリカタマイマイの父島における野生絶滅が、ほぼ確定した。

千葉聡『招かれた天敵 生物多様性が生んだ夢と罠』より

 千葉はカタマイマイ類の野生下の絶滅は自分の責任だと書いている。

むしろ実質的な責任は、実際の対策を担う環境省の小委員会の場で、保全対象の専門家として、対策の判断から、立案、実施に至るまで、助言と提言をおこなってきた私自身にあると考えている。
 それゆえ、ここに失敗の理由を分析し、記しておきたい。 
 第一に、これまで本書で紹介した失敗事例の多くと同じく、知識の不足である。一九九〇年代まで陸生ウズムシを正確に分類・同定できる専門家は、日本にひとりしかいなかった。膨大な基礎研究の蓄積がある昆虫に対し、人生との関わりの薄さゆえ、陸生ウズムシの基礎研究はほとんどない。なんの役に立つのかわからない無数の基礎研究―つまりオプション価値の蓄積がなかったため、いざ防除の必要性が生じたとき、参照できる知識をほとんど欠いていた。そのためニューギニアヤリガタリクウズムシの駆除手法の開発は難航した。
 第二に、私が当初、リスクを過小評価したことである。小笠原では低リスクというヤマヒタチオビの経験や、被食者は絶滅しないという理論予測は、ウズムシの侵入には当てはまらなかった。初動で私はこのウズムシの手強さに気づけなかったため、防衛ラインの構築に対する提言の遅れを招いた。そもそも計画が想定通りに進む、という状況分析も誤りだった。

千葉聡『招かれた天敵 生物多様性が生んだ夢と罠』より

2014年に絶滅が確定していたにもかかわらず、それが自身の失策が原因であることは隠したまま小笠原諸島固有のカタツムリについての本を3冊も出す千葉聡

 これだけ読めば、ニューギニアヤリガタリクウズムシの固有カタツムリへの防除に関わりはしたが結局それに失敗したことを素直に反省しているようには見える。だがこれは絶滅が確定してから9年も経った2023年に出した本に書かれたことである。 
 千葉がその9年の間に出した他の本には

『総天然色自然科学漫画 カタツムリ小笠原へ』(副音館書店) 2015
『歌うカタツムリ 進化とらせんの物語』(岩波書店) 2017
『進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語』(講談社) 2020

左から『総天然色自然科学漫画 カタツムリ小笠原へ』、『歌うカタツムリ 進化とらせんの物語』、『進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語』。これらの本に千葉自身の失策によって父島固有のカタツムリを絶滅させてしまったという事実は一言も書かれていない。

 といったものがある。 
 千葉の不可解さは、これらの本の中で小笠原諸島の固有カタツムリやその絶滅について触れたりしているのだが、その絶滅が千葉自身の失策によるとは一言も書いてはいないことである。
 つまり上記の3冊は、自身の失策によって防除が失敗に終わり、すでに父島の自然下にカタマイマイは生息していないことを知っているはずの人間が書いた本なのである。

 千葉はなぜ9年間も自身の失策によって父島固有のカタツムリを絶滅させたという事実を書かなかったのだろうか。
 そして上記の本を出した出版社は、その事実を千葉から聞かされていたのだろうか。もし聞かされていたにもかかわらずそれを書かせなかったのなら、千葉と出版社は一種の共犯関係にあることになる。逆に聞かされていなかったのなら、千葉は出版社と読者を騙していたことになる。ちなみに件の『招かれた天敵』は上記3冊を出した出版社のどれとも違うみすず書房から出されているのは示唆的である。

自分が「取らなかった」方法を批判する不可解さ

 また不可解なのは、その『招かれた天敵』の中で千葉は化学的防除に対する生物的防除の歴史と、それがいかに失敗の連続であったかを長々と書いて批判しているのだが、千葉自身はその生物的防除を父島では検討すらしなかったというのである。

そして最後にもう一点。必ずしもあらゆる防除方法を試したわけではないことである。ウズムシの駆除法として薬剤を使う化学的防除や誘引は重点的に試みたが、それらが機能しないと判断したのちでさえ、その代替となる手法は検討しなかった。つまり、天敵の導入による生物的防除は研究も検討もしなかったのである。

千葉聡『招かれた天敵 生物多様性が生んだ夢と罠』より

 整理すると
・千葉は父島におけるニューギニアヤリガタリクウズムシによるカタマイマイの食害への防除として生物的防除は研究も検討もしなかった。
・千葉は防護壁を築くという極めて物理的な方法でニューギニアヤリガタリクウズムシの保護エリアへの侵入を防ごうとしたが、結局失敗しカタマイマイを絶滅させてしまった。
・その後千葉は小笠原諸島固有のカタツムリについて本を書く機会が何度もあったにもかかわらず、自身が防除に関わっていたこと、そして自身の失策によって父島のカタマイマイを絶滅させたという事実についてはなぜか書かなかった。
・絶滅が確定してから9年も経ってからやっと自身の失策によって父島のカタマイマイを絶滅させたことは書いたが、その本の中で、千葉自身は研究も検討もしなかったという生物的防除を長々と批判した。

 これはどういうことなのだろうか?
 なぜ自身の失策のせいで防除に失敗した千葉は、自身が取らなかった方法を批判できるのだろうか。普通に考えれば逆ではないだろうか。失敗に終わった方法とそれを選択した自分をひたすら反省するのが筋ではないだろうか。
 この意味において『招かれた天敵』という本は実に奇妙な本である。例えば養老孟司氏はこの本の書評にこう書いている。

生態系とはいわば立体的な網の目のようなもので、これをあえて扱おうとする困難がこの部分によく表現されている。話は「ああすれば、こうなる」という具合に単線的、一直線には進行しない。

じつはこの書評を書くのは、難儀だった。自分で選んだのだから仕方がないが、内容を紹介しようにも、話が単線にならない。著者の主題が書き方と一致している。つまり形式と内容がともに網の目構造をしているので、まとめて紹介しづらいこと、この上ない。読んでいただけば、各部分はすらすらと楽に読めるはずだが、まとめようとすると、手のひらから逃げてしまう。

 養老氏が書いているように「まとめようとすると、手のひらから逃げてしまう」のは、結局のところ、この本は千葉による壮大な自己弁護に過ぎないからではないか。絶滅が確定してから9年も経ってやっとこれを書いたのは、つまり自己弁護を完成させるために9年かかったということではないか。話が単線的にならず網の目のようになっているのは、生物的防除への批判を、その生物的防除を取らずに島の固有カタツムリを絶滅させてしまった自身の失策への印象と錯綜させることで批判の対象をすり替えようとしているためではないか。

害虫防除に失敗して父島固有のカタマイマイ類を絶滅させた人間が偉そうにごちゃごちゃと語っている。

千葉聡による剽窃の疑いについて

 ここまでのことを書いてはじめて、この記事の主題である千葉聡による剽窃の疑いを指摘する準備ができる。というのは、剽窃が疑われるその本『ダーウィンの呪い』は、件の『招かれた天敵』と同じ2023年に出ているのである。一人の著者が、2冊の本をほぼ同時期に出すというのは珍しいことではないだろうか。
 千葉は『ダーウィンの呪い』の中で、今までどの本にも書いてこなかった優生主義とその歴史について書いている。そしてそれが今後どこで復活するかもしれないと恐怖を煽っている。

 だがわたしには、これは結局、千葉自身が父島のカタマイマイを絶滅させたしまったことにできるだけ注意を向けてほしくないがために出した目眩ましだとしか思えないのである。
 父島固有カタツムリの絶滅が確定してから9年間それが自身の失策のせいだと書かなかったのは、単純にそれについて知られたくなかったからなのだろう。そしてついに書かざるを得なくなったが、それを書いて自身の失策だけに他人の注意が集まることには耐えられないため、同じ本の中で生物的防除がいかに失敗してきたかを印象づけようとする。そしてほぼ同時期に別の本の中で突然優生主義とその恐怖を問題にして、やはり自身の防除失敗から注意を逸らせようとする。
 言ってみれば、千葉の体には「わたしは防除に失敗して父島のカタマイマイを絶滅させた男です」という入れ墨が彫られているのだが、それを隠したまま本を書き続けた。そしてその入れ墨をついに見せはしたが、同時に優生主義という“魔女の首”を掲げて、「皆さん!これを見てください!これは怖いものですよ!」と叫んで他人の注意が入れ墨ではなく魔女の首の方に集まるように仕向けているのである。

 また別の喩えを持ち出すなら、捕食者に追われるタコやイカが墨を吐き、それを目眩ましにして逃げるのと似ていると言える。タコやイカが墨を吐いて、捕食者がそれに気を取られたり視界を遮られている間に逃げるように、千葉は優生主義という“墨”を吐くことで他人の注意をそれに向けさせ、自身の失策への印象を最小限に抑えようとしているわけである。

 少なくともこの記事を読んだ人はまず、千葉聡というダーウィンの信奉者が害虫防除に失敗して父島固有のカタマイマイ類を絶滅させたという事実を直視するべきである。

墨を目眩ましにして逃げるタコ

害虫防除に失敗して父島固有のカタツムリを絶滅させた事実には一言も触れないまま優生学について語る千葉。この番組のホストのように、千葉が吐いた“墨”に気を取られてしまう人が実際にいるわけである。

 そしてこの“魔女の首”すなわち『ダーウィンの呪い』の中で、千葉はこのブログから剽窃を行っているとしか思えないのである。時系列で言えば、千葉がこの本を出したのより当然わたしが記事を公開した方が早い。わたしが書いたそれぞれの記事の公開日は
『耳をすませば』の主人公は「トランス・コンテクスチュアル症候群」か?
 2021年4月17日
木村資生とグレゴリー・ベイトソンの“ひそかな”関係
 2021年4月20日
「リンゴ」と「ジャガイモ」が『天空の城ラピュタ』のテーマを象徴していたのか
 2021年4月24日
「葛藤」と「矛盾」の違いを将棋を例にして説明する試み
 2021年7月6日
『コボちゃん』を例に思考のパターンを整理する試み(1)メタファー
 2021年8月30日
『コボちゃん』を例に思考のパターンを整理する試み(2)アナロジー
 2021年10月25日 
『コボちゃん』を例に思考のパターンを整理する試み(3)演繹と帰納
 2022年1月19日
『コボちゃん』を例に思考のパターンを整理する試み(4)アブダクション
 2022年5月12日
 である。
 一方千葉の『ダーウィンの呪い』が出版されたのは 
 2023年11月20日
 である。

 わたしはこのブログでグレゴリー・ベイトソンやそのダブルバインド理論について解説してきたわけだが、千葉は、今までベイトソンやダブルバインドについて一度も書いたことが無かったのにもかかわらず、なぜか急にベイトソンやダブルバインドについて書いている。

 ニュースやネットを見れば、「ダーウィンの言うように変化に対応できない企業は淘汰」「進化論に従いビジネスでも適者生存が進むべき」「ダーウィンがそう唱えたように競争原理の下で進化すべき、それで潰れる大学は自然淘汰」と脅迫のようなメッセージが並ぶ。
 まさに「呪い」である。
 不思議なことに、そうしたメディアや企業や組織のメンバーと誰かと会って話してみれば、失敗してもいい、自由にチャレンジしようとか、ゆとりをもっと助け合うのが大切、などと打って変わって元気の出る言葉が聞こえてくる。なぜ別の場面ではそれと逆の拘束感を滲ませたメッセージを出すのだろう。そこで示されるのは、順守しないといけない、ある種の規範である。
 みな「呪い」にかけられていて、思いと言葉と態度のメッセージが矛盾する、ダブルバインドな状態なのかもしれない。
 かく言う私も学生に、「うまく行かなくてもよい、楽しく自由に研究しよう、結果よりもプロセスだ」と口では言っておきながら、時と場合により、「研究者は生存闘争、結果がすべて」な対応をしたり、「こんな研究を許した覚えはない」と怒ったりと、そうしたダブルバインド的な言葉と態度の矛盾がないわけではない。

千葉聡『ダーウィンの呪い』より

 またあるいは、

 人間の精神活動は目が眩むほどに複雑だ。世界は80億の心で溢れているのに、同じ心は一つとしてない。人の心は、ときに首尾一貫しているが、ときに合理性を欠き、二面性を持ち、ときにダブルバインド的であり、矛盾に満ちていてとりとめがない。

千葉聡『ダーウィンの呪い』より

 中にはこのブログの剽窃としか思えない箇所もある。

 たとえば、わたしは木村資生とグレゴリー・ベイトソンのひそかな関係にこう書いた。

 論争の勝者となるウィリアム・ベイトソンは、その論争のさなかの1904年に生まれた三男にメンデルの洗礼名「グレゴール」にちなんだ名前をつけている。その息子がすなわちグレゴリー・ベイトソンなのである。

 一方千葉はこう書いている。

 なおベイトソンは敬愛するグレゴール・メンデルにちなみ三男をグレゴリーと名付けたが、この三男がダブルバインド理論の提唱者で、文化人類学・社会科学・精神医学の巨人、グレゴリー・ベイトソンである。

千葉聡『ダーウィンの呪い』より

 並べてみると類似がよくわかる。

わたしによる記述 千葉による記述
論争の勝者となるウィリアム・ベイトソンは、
なおベイトソンは
その論争のさなかの1904年に生まれた三男にメンデルの洗礼名「グレゴール」にちなんだ名前をつけている。
敬愛するグレゴール・メンデルにちなみ三男をグレゴリーと名付けたが、
その息子がすなわちグレゴリー・ベイトソンなのである。
この三男がダブルバインド理論の提唱者で、文化人類学・社会科学・精神医学の巨人、グレゴリー・ベイトソンである。

 文の構造も酷似しているのがわかる。

 千葉はなぜか、急にベイトソンやダブルバインドがひどく気に入ったらしいのである。

 またあるいは、わたしはウィリアム・ベイトソンとウォルター・フランク・ラファエル・ウェルドンの友情、そしてメンデル学派と生物測定学派の論争について書いたが、千葉はこれをほとんどトレースしている。

左がわたしの木村資生とグレゴリー・ベイトソンのひそかな関係の画像。右が千葉の『ダーウィンの呪い』の画像。ウィリアム・ベイトソンとウェルドンを左右に並べて紹介することまで真似している。一応左右を逆にしているのが笑えるわけだ。

上がわたしの木村資生とグレゴリー・ベイトソンのひそかな関係の画像。下が千葉の『ダーウィンの呪い』の画像。ウィリアム・ベイトソンとウェルドンを左右に並べて紹介することまで真似している。一応左右を逆にしているのが笑えるわけだ。

 そして2人がともにフランシス・ゴールトンから影響を受けていること、ウェルドンが地中海産のカニの甲羅の大きさを計測して二型性を発見したこと、ウェルドンがピアソンと協力しだしたことなど構成が全く同じである。

 千葉はわたしの「木村資生とグレゴリー・ベイトソンのひそかな関係」だけではなく他の記事からも盗んでいると思える。
 例えば、わたしは『コボちゃん』を例に思考のパターンを整理する試み(1)メタファーの中でこう書いた。

 そもそも情報の発信者は、その情報を確実に「そのままの意味」か「比喩的な意味」かのどちらかに限定した上で発信できるだろうか。

 たとえばモールス信号のような記号化された情報は、そのまま受信して解読されることを期待して発信される。だがそれも結局は受信者次第になる。信号から解読されたその意味が、受信者にとって不可解だったり意味不明だったりする場合、その受信者は(これは文字通りの意味ではなく比喩的な意味なのか?)と考え出すだろう。

 逆に、発信者が比喩的な意味に受け取ってほしくてわざと文字通りでは不可解な情報を送ったのに、受信者側が頑なに文字通りの意味で解釈しようとするかもしれない。 

 つまり情報はほぼ必然的に重層的にならざるを得ず、その重層の中で齟齬が起きる可能性を排除できないと言える。

 一方千葉はこう書いている。

 情報の送り手と受け手の間のコミュニケーションや、受け手の認知バイアス、情報の変換と再解釈のプロセスは、方向性のある文化的変化をもたらす。

千葉聡『ダーウィンの呪い』より

 この文章などわたしが書いたことの言い換えにしか見えないわけだ。

 千葉はこうも書いている。

 たいていの人はいつも正しく、善で、道徳的でありたいと願っている。だが道徳への動機が強まるほど、他者から道徳的な欠陥があると見なされることへの強い嫌悪を生むことが知られている。そのため道徳への強い意識は、道徳的な欠陥や誤りを決して認めない不誠実な意識を生み、反道徳的となる。この道徳のパラドクスと呼ばれる性質ゆえに、強い道徳的意識は反道徳的な結果をもたらしうる。

千葉聡『ダーウィンの呪い』より

 またこうも書いている。

 人類として普遍的な善悪はあるし、自明な善意も悪意もあるだろうと私は信じる。だが善であるためには、悪でないことを祈りつつ、一つずつ善意のレンガを置いてみるしかない。それがいかに難しくても善でありたいと思うし、悪は法で制さねばならぬ。しかし同時に、善悪、正邪、矛盾入り乱れ、人それぞれに異なる心の混沌も、私には魅力的に映る。世界から悪が消えたら胸のすくようなヒーローの物語は二度と楽しめなくなるだろう。大切なのはむしろ、人それぞれに夢を持てること、それからもし置いたレンガの場所が誤りだったなら、その失敗を修正できることではないか。

千葉聡『ダーウィンの呪い』より

 一つ確実に言えることは、もし他人が書いたことを盗みながら道徳やら善悪やら正義やらについて語っている人間がいるとしたら、その人間は完全に頭がおかしいということである。剽窃は明確に犯罪である。千葉自身が「悪は法で制さねばならぬ」と書いているとおり、剽窃という犯罪は法で制さねばならぬわけである。

父島固有のカタツムリを絶滅させた千葉聡と、妻を殺害し偽証する人間が編集次長をしていた講談社による回答

 千葉による剽窃に気付いたわたしは、講談社のホームページにある問い合わせの中に「著作権侵害についてのご連絡」とあったため以下の内容のメールを送信した。

 【お問い合わせ内容】  2023年12月12日(火) 1:11
千葉聡氏の新刊『ダーウィンの呪い』に、わたしが運営しているブログからの構成・表現の流用、あるいは参考元不明記と思われる記述がありました。わたしは自分が運営するサイトVESTIGIUM内の「木村資生とグレゴリー・ベイトソンのひそかな関係」
(https://viesauvagevestigium.com/kimuramotoobateson/)にウィリアム・ベイトソンとラファエル・ウェルドン、そして彼らがメンデル学派と生物測定学派に分かれて論争したことを書きましたが、千葉氏はほぼ同じ構成で書いています。2人が元々友人同士だったこと、共通してフランシス・ゴールトンから影響を受けていることから書いている点が全く同じです。
 わたしはグレゴリー・ベイトソンについて「論争の勝者となるウィリアム・ベイトソンは、その論争のさなかの1904年に生まれた三男にメンデルの洗礼名「グレゴール」にちなんだ名前をつけている。その息子がすなわちグレゴリー・ベイトソンなのである。」と書きました。
 一方千葉氏は「なおベイトソンは敬愛するグレゴール・メンデルにちなみ三男をグレゴリーと名付けたが、この三男がダブルバインド理論の提唱者で、文化人類学・社会科学・精神医学の巨人、グレゴリー・ベイトソンである。」と書いています。表現が類似していることは明らかです。
 千葉氏が自分のブログを参考にし、模倣しているのは明らかだと思われますが、この本には参考文献だけあげられており参考サイトが書かれていません。しかし、同じ講談社から千葉氏が出している『進化のからくり』には参考サイトが上げられています。なぜ『ダーウィンの呪い』には参考サイトを書かなかったのでしょうか。
 しかるべき処置が取られない場合、この件について記事にして公開せざるを得ないと考えています。わたしは日本語と英語でブログをやっているため、当然英語でも記事にするつもりです。
 厳正な対処をよろしくお願いいたします。

 すると以下の内容のメールが返信されてきた。

中村様   

お問い合わせの件につきまして、現代新書編集部より回答させていただきます。

『ダーウィンの呪い』に、中村様が運営しているブログからの構成・表現の流用があるとのご指摘をいただきました。

著者に確認しましたところ、当該の記述は、以下に挙げる文献などを参考にして執筆したもので、中村様のブログを拝見したことはありませんでした。

【二派の論争の件】
Provine W 1971 The Origins of Theoretical Population Genetics. Univ. Chicago Press.
Farrall LA 1975 Controversy and conflict in science: A case study – The English Biometric School and Mendel’s Laws. Social Studies of Science 5:269-301.
Olby R 1989 The dimensions of scientific controversy: the biometric—Mendelian debate. Br J. Hist. Sci. 22:299-320.

【グレゴリーベイトソンの件】
Lipset D 2005 Author and hero – Rereading Gregory Bateson: The legacy of a scientist. Anthropol. Quart. 78:899–914.

いずれも巻末の参考文献に記載したものです。
よって、本件は著作権侵害にはあたらないと編集部は判断しております。

ご理解いただけますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。

講談社学芸第一出版部 現代新書編集 髙月拝
2023年12月12日(火) 16:03

 だそうである。

 まずはっきりさせておく必要があるのは、講談社社員の語ることに何の信頼もおけないということである。講談社社員による近年の主な犯罪をあげておこう。

2002年5月20日 大麻取締法違反(所持)の疑いで、 講談社「週刊少年マガジン」グラビア担当副編集長の大坪聡(42)=東京都目黒区=と妻のはるか(30)、「週刊少年マガジン」のグラビア担当副編集長、久保雅彦(36)が逮捕される。

2010年7月7日 東京都新宿区の飲食店で女性客を殴ったとして、講談社第三編集局担当部長、五十嵐秀幸容疑者(48)が傷害容疑で逮捕される。(講談社編集者を傷害容疑で逮捕 東京、飲食店で客殴る

2017年1月10日 東京都文京区の自宅で2016年8月に妻(38)を殺害したとして、講談社で青年コミック誌『モーニング』の編集次長を務める朴鐘顕(ぱく・ちょんひょん)容疑者(41)が殺害容疑で逮捕される。

 ここでは特に講談社の元編集次長・朴鐘顕による妻の殺害について多少詳しく見ておこう。というのは、朴はこの事件における一連の捜査の中で偽証をしているからである。
 まずこの事件を報じる記事を引用しよう。

『七つの大罪』も手掛けたヒット編集者が殺人罪に問われ世間も注目
2016年8月9日未明、東京都文京区の自宅から朴被告は119番通報していた。

「妻が倒れている」

2階建ての戸建てに救急隊員らが駆けつけると、階段の下付近に妻の佳菜子さん(当時38)が倒れていた。すでに心肺停止状態で搬送先の病院で死亡が確認された。

朴被告は当初、救急隊員らに「妻は階段から落ちた」と説明するも、翌日になって一転、「階段の手すりで首をつって自殺した」と供述。実際に頸部圧迫による窒息死が佳菜子さんの死因とみられている。警視庁は一貫性のない言動を不審に思い、捜査を進めた。

「このとき佳菜子さんは4人目を出産して間もなくで、『産後うつ』だったとみられています。死の直前には『夫が子育てを手伝ってくれない』などと家庭支援センターに相談に行っていたほか、さらに朴被告によるDVを訴えていたこともありました。

そのような事情を踏まえたうえで、警視庁が慎重に捜査を進めたところ、1階の寝室に佳菜子さんの尿反応があることや血液が混ざった唾液が検出されるなどしたため、朴被告が首を絞めて殺害した疑いが強まった。

そして事件から約4ヶ月後の2017年1月に殺人容疑で逮捕しました。その他の状況証拠から、警視庁は朴被告が1階で佳菜子さんの首を絞め、証拠隠滅のために2階から突き落としたというストーリーを検察とともに描きました」(前出の記者)

 朴は後に上告したが、最高裁によって棄却され、懲役11年の有罪判決を受けている。

 強調しておくべきことは、妻の首を絞めて殺しておきながら、妻は階段から落ちたのだと偽証し、さらに手すりで首を吊って死んだのだと証言を変える人間が、講談社で編集次長をしていたという事実である。
 そしてこの講談社からの返信によれば、千葉はこのブログを見たこともないのだという。

 どこの馬鹿が、害虫防除に失敗して島の固有カタツムリを絶滅させていたにもかかわらずそれが自身の失策によるという事実を隠して3冊も本を書いてしまう人間と、妻の首を絞めて殺しておきながら妻は階段から落ちた、さらには手すりで首を吊って自殺したのだと偽証する人間が編集次長をしていた出版社の言い分を信じるのだろうか。

 他人が書いたものを盗みながら本を書いて、それへの剽窃を指摘されたら「読んだこともない」と返してそれで済むのであれば、本の書き手と出版社はやりたい放題ではないか。

 わたしとしては、講談社へのメールに書いたように、「厳正な対処」を取ってもらえればそれでいいとは思っていたのだが、そもそも、妻の首を絞めて殺しておいて偽証する人間が編集次長をしていた出版社に「厳正な対処」など求めるべくもなく、その言い分への信頼性など無いに等しいわけである。そして千葉自身が「悪は法で制さねばならぬ」と確信をもって書いているわけである。 
 なるほど。すると、わたしはまず捜査機関に相談して、サーバーに保存されているログに千葉および講談社社員からのアクセスが記録されているかを照合してもらう必要がある。それが千葉自身が書いた「悪は法で制さねばならぬ」ためにまず必要な行動なわけである。
警察庁サイバー事案に関する相談窓口
文化庁著作権施策に関する総合案内ページ

組織的な犯罪の可能性

 更科功による剽窃の疑いについてにも書いたように、問題は千葉だけではないのである。更科による剽窃もやはり講談社を通してのものである。ちなみに更科はあるインタビューの中でこう述べている。

――『種の起源』と併せて読むべき、おすすめの本は何かありますか?

更科:一番のおすすめは『「種の起源」を読んだふりができる本』ですが(笑)、他にも良い本があるので紹介しましょう。

 まず、私の大学院の先輩でもある千葉聡さんが書かれた『ダーウィンの呪い』(講談社現代新書)。それから、東北大学の教授でいらっしゃった河田雅圭さんの『ダーウィンの進化論はどこまで正しいか』(光文社新書)。どちらも新書で読みやすいと思います。

 それぞれちょっと見方が違うところがあるので、併せて読むと面白いのではないでしょうか。

 千葉と更科は、同じ大学院で先輩後輩だったという。同じ研究室で先輩後輩の関係にある2人が、どちらも同じ出版社を通じて剽窃としか思えないことをしているのである。だとすればこれは組織的な犯罪と言えるのではないのか。千葉や更科ではなく講談社の編集者が、「このブログから盗みましょう」とそそのかしている可能性もありえるわけである。
 ちなみに著作権法は2018年に改正されて組織的な侵害のような悪質なケースは被害者の親告がなくても捜査機関は動けるようになった、ということを付け加えておく。
 今後これが組織的な著作権侵害であることを立証できる可能性は大いにあるため、我々は千葉聡や更科功はもちろん、講談社とのその周辺への監視を続けるべきである。だが実のところ、監視などしなくても、こういうケースは関係者が勝手に尻尾を出し、勝手に自滅する可能性も非常に高い。腐った組織とその関係性は自然とそうなるものである。

 講談社は2025年11月4日にハリウッドを拠点にする映像制作会社を設立したと発表している。アカデミー賞受賞監督のクロエ・ジャオとプロデューサーのニコラス・ゴンダと組むのだという。(講談社、ハリウッド拠点の新スタジオ。「マンガや小説のグローバル展開でより主体的な役割」
 ここで、彼らに講談社がどういう会社なのかを是非教えてやる必要があるだろう。知らないまま講談社と仕事をして、あとで講談社社員による犯罪やトラブルに彼らが巻き込まれないとも限らないのである。その意味において、この記事を英語でも書く意味は大いにある。

 最後に、ある“立派な人物”による実に味わい深い文を紹介しておこう。

 人類として普遍的な善悪はあるし、自明な善意も悪意もあるだろうと私は信じる。だが善であるためには、悪でないことを祈りつつ、一つずつ善意のレンガを置いてみるしかない。それがいかに難しくても善でありたいと思うし、悪は法で制さねばならぬ。

 

2026.4.6

 

 

◯参考サイト一覧

小笠原諸島のニューギニアヤリガタリクウズムシの侵入とその防除について
侵略的外来生物・ニューギニアヤリガタリクウズムシの生態と固有陸産貝類への影響
東京都の取組 – 外来種対策 – 侵入防止対策 ニューギニアヤリガタリクウズムシ対策
研究の“森”から 小笠原のカタツムリを滅ぼす侵入者―ニューギニアヤリガタリクウズムシの脅威―

朴鐘顕による犯行は、講談社自身が発行していた複数の漫画の中で“予言”されていたと言われている。
https://x.com/onibuta/status/818836520903720961
http://blog.esuteru.com/archives/20007794.html
https://x.com/kiyo_2643/status/818675758709108736
https://twicomi.com/manga/skekiyo_sizma/1356119191472889858

朴鐘顕が妻を殺害してから逮捕されるまでの期間にまさに朴に編集を担当されていたことを描いた漫画も存在する。
自分の知っていること

この記事を公開するわずか1週間前にも講談社は著作権侵害によって漫画の配信を停止している。
月刊少年マガジン、コミカライズ作品連載終了で謝罪「心よりお詫び申し上げます」 他作品の模倣発覚で配信停止

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